畠中 実

武蔵野美術大学造形構想学部映像学科非常勤講師。NTTインターコミュニケーション・センター [ICC] 主任学芸員。

1968年生まれ。多摩美術大学美術学部芸術学科卒業。1996年の開館準備よりICCに携わり、多数の企画展を担当。

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サイン付きのFred Frith「Live in Japan」。 ※ご本人曰くお部屋はバーチャル背景だそうです。

 

 

─20歳の頃はどんな音楽を聴いていましたか?

畠中:20歳といえば、1988年で大学2年生ですね。実はその頃がいちばん同時代の音楽を聴いていなかった時期かもしれません。80年代後半っていわゆるポストモダンと呼ばれるような時代で、それがだんだんとなんでもありが煮詰まって逆に普通になっていってしまった。90年代に入るともう完全に1回りしちゃったみたいな雰囲気があって、つまらないと思ってしまったんですよね。だから当時は、レコード屋に行って60~80年代前半の音楽の重箱の隅をつつくようなことをしていました。国分寺駅の近くの「珍屋」ていう中古レコード屋があって、友人たちはそこでレコードをあさっていました。そこで知る人ぞ知るような昔の音楽を再発見(僕らにとっては発見だった)するというような時期でした。その中でミュージシャンの名前をあげるとするなら、CanGongSyd BarrettCreationThe Bonzo Dog Bandなど、プログレやサイケなどでしょうか。あとは Curtis MayfieldSly & the Family Stone などソウル系なんかも聴いていました。

─特にこの1曲を良く聴いていたとか、思い出深いものはありますか?

畠中:この頃は手当たり次第聴いていたところがあるので、いざ1曲選ぶとなると難しいですよね。ちょっとこれは余談なのですが、多摩美時代に坂本慎太郎がやってたバンドで、彼が作った曲に『人だらけ』という曲があって、サビで「人だらけ」って連呼するんですけど。僕もスタジオで一緒に演奏してたのですが、ギターの奴が突然「暗いよこの曲!」と言って演奏を中断して、練習の途中で帰っちゃったってことがあったんです(笑)。

─え!そのバンドはゆらゆら帝国としてですか?ということは、先生はゆらゆら帝国の元メンバーということですか?

畠中:あまり自分からは言いませんが、多摩美にいた頃に少し手伝っていました。そういう意味では、20歳の思い出深い曲は、ゆらゆら帝国『人だらけ』かもしれませんね。

─それは驚きです!

 

─現在はどのような音楽を聴いていますか?

畠中:Elvis Costello という音楽家が最近自伝を出したんですよ。今それを読んでいて、だからそれに合わせて彼のアルバム「Trust」などを聴いています。Mr.Childrenの桜井さんが彼から影響を受けたとも言われていますね。実は僕、高校生の頃に鬱症状みたいになったことがあるのですが、「Punch the Clock」というアルバムが出た頃で、聴いたらすっかり元気になったんですよ(笑)。そういう思い出もありますね。

─武蔵美生に是非聴いてほしい音楽はありますか?

畠中:こちらもなかなか1曲に選べないですよね。武蔵美卒のミュージシャンを聴けとか(笑)?武蔵美卒の音楽家って誰がいたっけ?

─スピッツ、やくしまるえつこなどが有名なところですかね。

畠中:そっか!でもやっぱり、武蔵美生全員に対して君達もこういう音楽好きなはずだよっていうのは難しいですね。人に音楽を勧めることって、パーソナルな問題なんだなって思う。誰か特定の人に対して勧めるというのが前提なのかな。なので、この人ははこういう人だから、というように、「贈り物」として届ける音楽はあるかもしれませんね。あなたはこういう曲好きなのか、じゃあこれも絶対好きなはず、みたいなことを僕をしたいですね。だから美大生ならこれを聴いていなきゃ!みたいな大雑把な話は難しいですかね。他人のプレイリストを見て「いや~美大生っぽいね」とか言うことあるけど、音楽ってそういうものじゃないだろっていうね(笑)。

─なるほど。プレゼントとしての音楽って良いですね。

畠中:とは言っても、自分が知った音楽があまりにもよくて人にも紹介したい、という気持ちはよくわかります。最近あらためて聴いてみてすごくよかったのが、西アフリカのハイライフ、ていう音楽があるんですが。初めて聴いた時、これはすごいな、て思った。アメリカではロックやジャズが発展したけど、そういうものとは違うジャンルがアフリカで起こってたんだなって。そういう時にオススメすることはありますよね。「HIGHLIFE ON THE MOVE」ていうコンピを聴いています。

 

─それはどこで知ったのですか?

畠中:80年代末にワールド・ミュージックのブームが起こります。1989年にソ連が崩壊して、冷戦が終結しますが、そのあと美術でもグローバリズム、ポストコロニアリズムが台頭しますが、これまでの欧米中心主義が見直され、アジアやアフリカに目が行くようになります。欧米のポピュラー音楽とは異なる、世界のいろいろな音楽が紹介され、またそうしたポピュラー音楽の要素を取り入れた非西洋音楽が作られるようになりました。

─最後に、レコードを1枚持った姿を記念撮影してもよろしいですか?

畠中:今まで話してない曲でもいいかな?これね、Fred Frith「Live in Japan」ってアルバムなんですけど、彼にサインを書いてもらったんですよ(笑)。Henry Cowというバンドのリーダーで、カリスマ的な存在ですね。2~3年前に彼と大友良英の対談があって、僕がそのモデレーターを担当をした際に、長年のヒーローに会えた!ってことでお願いしちゃいました(笑)。よく仕事で一緒になった音楽家に、レコードにサインをお願いしてるのですが、これはその中でも特に嬉しかったものです。音楽を聴くということは、そういうミーハー的なところとどうしても切り離せないですよね!

 

取材:2020年12月30日

編集:泉